世の中の変化と兆しに目を向ける

世の中の変化と兆しに目を向ける

新しいものやアイデアを発想する方法として、様々な物事から情報を収集し分析することは避けては通れません。その中でただ闇雲に情報をかき集めれば良いというわけではなく、どのような視点で観察をするかで得られる結果は大きく違ってくることでしょう。

変化」と「常識」いうキーワードで発想の転換を考えてみたいと思います。その時代によって物事の考え方や捉え方、正解や不正解は、ひとつではありません。色々な角度から問題を見つめるという視点が必要であるものはもちろんのこと、自分自身色々な場面でも助けになると思いますので再確認していきたいと思います。

過去と現在を比較し疑問を抱く

リサーチ方法の中で「フィールドワーク」というものがありますが、街に出て、ただただ目の前の景色ばかり眺めていても良い結果を得るのは、なかなか難しいものでしょう。同じ景色の中でも「過去と現在」を比較して見ることで、「昔から今でも変わらずに存在するもの」「昔は存在したが今では見られなくなってしまったもの」「昔はなかったのに、今ではあたりまえに存在しているもの」「過去も今も未だ存在しないもの」という様に、世の中の変化という流れを見ることができます。

そして、

 

  • なぜなくなってしまったのか?…「Why
  • 何ができたのか?…「What
  • どのように変化していったのか?…「How

 

その変化の理由を探ることで、複雑な世の中の流れが見えてきます。

『ミクロな変化からマクロな変化を見つけ出す』

色々なことにアンテナを張ることは、いち早く情報をキャッチすることにおいて有利に働きますが、ただ早く感じ取るだけでは意味がありません。受信アンテナの感度がいくら良くても、自分の勝手な解釈で「おそらく○○ということだろうな。」と受け流してしまえば、その事実を知っているというだけで、そこから真の新たな発見を見つけ出すのは容易ではないでしょう。

 

  • 「なぜ○○なんだろう?」
  • 「どうして△△ではないのか?」

 

と、常に疑問を持って「変化」を見つめ「理由」を探ることがとても重要になってきます。

常識を疑い、出る杭を観察する

そして特に注意して観察したいものが「特異点」というもの。

「非常識」や「普通じゃない」と言われてしまうような、一般的な見解では「型破り」「不思議」「無謀」「意味不明」「マニアック」などと呼ばれ、時に煙たがられてしまうような「人物」や「考え」などから、新しいアイデアが見つかるケースも大いにあります。

そのような「ちょっとした違和感」などを、受け流すのではなく「疑問を持って見つめてみる」ことで、世の中のわずかな変化の予兆を感じ取ることができるようになるでしょう。

私たち日本人は、小さな頃から「強調性」や「同一性」というように「他社と足並みや進むべき方向」を一致させることに賞賛を得て育ってきました。折り紙の時間に歌を歌い出すと怒られ、かけっこの時間に本を読み出せば怒られてきました。

「他の人と同じが良いこと」という暗黙の了解を生きているので、風変わりな格好や態度は煙たがられてしまうと勝手に思い込んでしまうのです。今では少しぐらい変わっていた方が良いという理解も見られるようになってきましたが、一度染み付いた感覚というのは簡単には拭えないもの。

そこで個人が意識して視点を変えていかなければ、誰もが驚くようなアイデアは生まれないでしょう。

馬鹿と天才は紙一重」なんて言葉もありますが、誰もが良いというものを追い求めるのではなく、一旦「常識を疑ってみる」ということからはじめてみると良いかもしれません。

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