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さとり世代新人に見られる5つの特徴

さとり世代新人に見られる5つの特徴

先に断りを入れておきますが、賛否両論ある内容だと思います。気分を害される恐れのある方はページを閉じてください。ここでは「さとり世代」の社員教育にお困りの方に向けて書いております。それぞれの側にきちんとした理解と解決が生まれる“足がかり”になればと思いますので、興味のある方のみ続きへお進みください。




はじめに

まずはじめに、2015年度に新卒として入社している世代は「さとり世代」と呼ばれています。少し前は「ゆとり世代」なんて言われていましたが、この呼称はインターネット掲示板「2ちゃんねる」から広がったとされています。バブル崩壊後の1990年代以降に生まれ、所謂「失われた10年」の間に幼少期を過ごした現在における10代~20代前半までの若年層がこれに該当します。

特徴としては、物心がついた頃から身の回りにモノが溢れ、必用な物が行き届いている中で「不景気」と言われ続ける日々を過ごしているせいか、「高価なブランド品などに対する興味は他世代に比べ薄い」「強い欲求はなく、すべてにおいて“ほどほど”を好む」「恋愛に淡白で過度な理想は抱かない」「海外旅行などの外の世界への冒険心や探究心は薄い、休日は身近な場所で満喫すれば充分」「節約志向が強く無駄なものに対しての執着はないが、これと決めた趣味に対するお金は惜しまない」「シーンごとや心理状況により友人を使いわけ、気が合わない相手とは一切付き合わない」などが例として見れます。

情報技術の進歩が飛躍的に見られた年代であるため、小さな頃からインターネットに触れて育てられてきました。幼少期・青年期を当たり前のように多くのデバイス、PCやスマホを片手に育ってきているため、画面を開けばそれなりの情報が一方的に勝手に入り込んできます。自分が関心を持って辞書を開くようなことではなく、とりあえずテレビを付けてそのまま興味もない番組を見続けたり、PCの電源を入れて促されるようにネットサーフィンをする。画面の中からの一方向の情報や宣伝を鵜呑みにし、時に受け流し、気まぐれに覗き、世界の悲惨なニュースに涙し、日本の政治になんとなく落胆する。そのようなサイクルのもと、現代社会に対して過度な期待や希望を持つこともなく、無駄だと思われる努力や衝突をする気はさらさらありません。そのため、合理的に生きるにはどうすれば良いか?ということが思考の主軸にあり、夢を持つことやそれを達成しようと無理をしてまでも追いかけたりというような、あえてリスクを負うような生き方はしない傾向が強いと言えるでしょう。

さとり世代新人の5つの特徴

1.他者視点が備わっていないために、周りの目や感情を気にしない

かつては家庭や親戚、近所などの身近な環境における「躾(しつけ)」や学校やグループ活動による「教育」という義務的機能の影響力が良くも悪くもそれなりにあり、自己中心的な考え方や独りよがりの行動、輪を乱すような言動・態度は、周りにいる大人から咎められたり、叱られたりするのが当たり前のことでした。そういった経験から、幼いときから他者の目を気にしながら行動するという習慣が身に付いています。

しかし、さとり世代にとっては大人がどう思うか?他者がどう感じるか?という視点が備わっていません。つまり「自分が取る行動が、他者の目から見てどう映るのか?ということを行動をする前に気にする」といった判断軸がないのです。そのために、本人が良かれと思って行動したことに対して、職場で上司や先輩・また同僚から「勝手なことはしないように!」と指摘を受けても、なぜ指摘されなくてはいけないのか?好意でやったのだから、咎められる理由はないじゃないか!となってしまうのです。

2.どれだけ効率良くきれいに成果を出すかが鍵と思っている

仕事で必要なスキル、ExcelやWord,Powerpointなどをはじめ、デザイナーにおいてはIllustratorやPhotoshop,WEBに関する知識やデザインスキルなど、さとり世代にとっては参考書というよりも解答付きテキストなどのようなマニュアル、はたまた先輩方からの研修、与えられた課題を通じて技術を習得していくことを望み当然のことと考える節があります。

やった分だけ人は成長できるというような実践における繰り返しの訓練のように、スポーツで言う「体で覚える」ようなことを理解しにくいのです。それらの一種の「しごき」や「刷り込み」などは「指導ではない」と割り切ってしまう傾向があるでしょう。机に座り横に座って、納得のいくまで説明をしてくれる家庭教師のような上司がいるのが当たり前で、「とりあえずこれをやって覚えておいて!」なんてことを言われようものなら、「あの人はきちんと指導してくれない。教えてくれないから仕事は覚えられない」という理屈になっていくのです。本来、当たり前に思えた「悩んで、考えて、試して、失敗し、もう一度考え、相談し、苦労し、結果となる」そういった一連のことから、自らの技術は進歩していくという考え方はもはや精神論でしかないのです。

3.深く考えるという習慣がなく深くという曖昧さも理解できない

仕事をする中で「自分で考えて行動をしなさい」という指摘をされようものならば「自分一人の力ですべてを全うしようとします」。仕事というものには、解説付き説明書的なものが存在し、それを読んで覚えてしまえば100%納得のいく仕事ができる!と平気で思っていたりするのです。「18時までにその書類を提出してね」と作業を頼んでみれば「18時きっかりに提出してきます。」またその半数以上は、8時3分とか5分とか過ぎたころに「まだ完成してませんがとりあえず提出します」と言ってくるでしょう。もはや余裕を持って15分前には出す、万が一間違いがあった場合にも、修正する時間を確保しておこうというような段取りを思いつかないのです…。また、言われたことはきっちりとやろうと努力はしますが、言われたこと以上をやろうとはしません。勿論、余計なことをすれば、怒られる可能性を広げるだけであると判断するためです。

例えば資料の順番がきちんと整頓されていなかったりし、「順番通りになぜ並べておかないんだ!」と指摘でもしようものなら「それなら順番に並べるように。って先に言ってもらわないとわからない!」と反論することでしょう。

4.必死になって挑戦する心の情熱はない

そもそも、失敗してもいいから思い切ってぶつかってみよう。なんてただただ効率の悪いことは選択肢にありません。学生においても、学費を払っているんだから授業は出ないともったいない!という気持ちは一昔前よりも冷静に強く持っているため、授業にはしっかりと出るものの、肝心の授業中にイヤホンで音楽を聴いていたり、メールをしていたり、目の前の講義をリビングでテレビでも見ているかのようなスタンスで聞いていたりするのです。結局は「後々わからないところがあればネットで調べればいい」「誰か聞いていた人に聞けばいい」というように、今、重要な話を聞きそびれたからといって、特に慌てる理由がないという自論を抱えているのです。職場において言えば、アルバイトと社員の境目に対して違いを感じることもなく、仕事が空から降ってくるのを待っているばかり、本人に任せられるような仕事がなければ仕事は減っていきますが、社内全体が自分のペースを主軸として見るので、「な~んだ、結構仕事って少ないんだな!」なんて勘違いもしかねません。

5.目標とする人物像がない

社内において、この人についていきたい!こんな人みたいになりたい!というような目標とする人物像を社内に限らず、プライベートでも見られることは少ないでしょう。昔はイチローみたいになりたい!と言ってはイチローのポスターを壁に貼り付け、録画したビデオを擦り切れるまで何度も再生し、そのバッティングフォームを真似て素振りをするけれど、同じようにヒットが打てない!なんでなんだ?筋力か?経験か?というように真剣に悩んだりする子供がいたように感じます。ですが、現実には自分は自分であって、他の誰かみたいになろうとするなんて意味がわからない・・・。という信念を頑なに持っています。そのため、他人から良い部分や物の考え方などを盗もうと必死になることもなく、与えてくれるのなら受け取りますが、盗んでまで欲しくはないです、はい。とバッサリです。また、尊敬する人が目の前に現れても「あなたの話を聞かせてください!」なんて言うような人はごく稀でしょう。

さいごに

なんだか悲痛な叫びや個人的な愚痴のようになってしまいましたが、決してそういうつもりで書いているわけではありません。実際これがすべて正しいということもないでしょうし、すべての人に該当するわけでもありません。さとり世代にしかないもっと素晴らしいところが必ずあるんだと思います。悪いところを掘り下げるばかりではなく、良いところを探していくことが解決へ道でありもっとも大切なことです。時間がかかっても皆さんがひとつひとつ新人教育における問題をクリアにしていくことができるように、まずは現実と向き合うところからはじめていけたらと思いこんな記事を書いてみました。

 

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